研究概要 |
大台ケ原では森林の衰退が顕著である.トウヒ成熟木の個体数密度が低下することで,自殖由来の種子の割合が増加し,生残木から生産される種子の生産量や質に影響を与える可能性がある.また,母樹からどの程度の距離に位置する個体が種子生産に有効な花粉親になるのだろうか.今回,衰退林の自然再生を行う上での更新初期過程を解明するために,トウヒの個体数密度と種子生産との関係を明らかにした. 調査地はトウヒの個体数密度が異なる2つの林分(疎:TS,密:DS)とした.TSで13本,DSで12本を母樹とし着果数の観測と球果の採取を行った.母樹の個体数密度と各母樹5球果の各球果に含まれる種子の調査を行った.個体数密度は,母樹を中心とする半径5〜25mの円内に生育するトウヒの個体数とした.25母樹から採取した種子を球果別に発芽させ,実生高を測定した. トウヒ母樹の個体数密度ならびに球果あたりの充実種子数においてTSとDSの林分間差がみられた.個体数密度と充実率との間には正の相関がみられ,個体数密度とシイナ率との間には負の相関がみられた.シイナ率と実生高との関係では,相関がみられなかった.個体数密度と種子生産との関係で相関が高かったのは,母樹からの距離が約10〜15m以内の個体を対象にした場合であった 母樹の個体数密度が低いほど,種子数に占めるシイナの割合が高くなることから,個体数密度の低い林分に生育するトウヒでは自家受粉由来の種子数が多くなり近交弱勢によって種子の質が低下しているものと推定される.一方,小さい実生サイズは近交弱勢の影響とされるが,シイナ率と実生高との間に相関は認められなかった.種子生産には半径15m以内の個体数密度の影響が大きいと考えられる.半径15m以内に他個体が10個体未満しか分布しない母樹ではシイナ率が高いことから天然下種更新の困難さが示唆される.
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