研究概要 |
樹木の個体数密度が低下することで,自殖由来の種子の割合が増加し,生残木から生産される種子の生産量や質が低下している可能性がある。母樹からどの程度の距離に位置する個体が種子生産に有効な花粉親になるのかを解明するために,樹木の個体数密度と自殖率との関係を調べた。衰退の著しい大台ケ原におけるトウヒの個体数密度が異なる2つの林分(疎:TS,密:DS)において,TSで13本,DSで12本の母樹から種子を採取、播種し,母樹ごとに約30本ずつの実生からDNAを抽出した。DNAのSSR分析を3遺伝子座で行い,自殖率をMLTR解析から推定した。母樹の自殖率にはTSとDSの林分間差が認められず,ともに約0.17を示し,Picea sitchensisの孤立化した低密度集団での自殖率0.21に近かった。このことから大台ケ原のトウヒでは孤立化した低密度集団なみに低い交配成功度であると考えられる。個体数密度と自殖率との間には,いずれの半径についてみても相関がみられなかった。低い個体数密度の母樹が高い自殖率を示さなかったのは,自殖由来の種子の大半がシイナとなったために種子数は少なくなったが,周囲からの花粉飛散がある程度あったことを示す。種子の発芽率が低いほど母樹の自殖率が高かったことは,発芽期における近交弱勢を示唆する。母樹の胸高直径と自殖率との間には正の相関がみられ,大きい個体ほど自殖率が高い傾向があったことは,個体数密度と自殖率との間に相関がなかったことと関係があるかもしれない。今回,大台ケ原のトウヒ林では個体数密度と自殖率との間に関係は認めうれないものの,林分レベルでは孤立化した低密度集団に並ぶ自殖率の高さを呈すること,ならびに自殖率の高さは低い発芽率をもたらすことが明らかになった。
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