研究概要 |
衰退が進行した森林において,樹木の個体数密度の低下が生残木の種子生産に及ぼす影響を明らかにするために,奈良県大台ヶ原東部において風媒花樹木トウヒの個体数密度と種子生産および実生サイズとの関係を調査した.トウヒ成木の個体数密度が異なる2林分(疎な林分:TS,密な林分:DS)において,計25本の母樹からそれぞれ球果5個を採取し,球果ごとに充実種子およびしいなの割合を求めた.種子を球果別に発芽させて発芽率,播種後35日後の生残率,実生高を測定した.調査対象としたトウヒ成木は,それぞれTSで153本,DSで394本であり,これらの胸高直径の計測および立木位置の測量を行った.個体数密度には,母樹を中心とする半径30m以内に位置するトウヒの個体数を半径1m間隔ごとに用いた.球果あたりの充実種子数はDSの方がTSよりも多かった.局所的個体数密度と相間があったのは,充実種子率とシイナ率だけであった.半径10〜25mの円内の個体数密度と充実種子率との間には正の相関がみられた.半径10m以上で求めた個体数密度と充実種子率との間の相関係数はほとんど均一の値を示した.一方,個体数密度とシイナ率との間には負の相関がみられた.この相関が高かったのは,個体数密度が母樹からの半径が7^〜14mの場合であった.母樹の個体数密度が低いほど,シイナ率が高いことから,個体数密度の低い林分に生育するトウヒでは自家受粉由来の種子数が多くなり近交弱勢によって種子の質が低下しているものと推定される.さらに,花粉不足の指標としては,半径7^〜14mの個体数密度を用いた場合が正確であることが示された.衰退している森林におけるトウヒの交配成功のためには局所的な個体数密度が非常に重要であるため,衰退初期の森林を保護することが必要である.
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