第一に、酸性フクシンをマーカーとして注入後、最終的な顕微鏡観察までその分布が二次的に変化しないよう配慮した方法によって、通水に寄与する繊維細胞を可視化する実験を実施した。供試木として、計6種(イタヤカエデ、カツラ、ナナカマド、ハリギリ、ミズナラ、ヤチダモ)の広葉樹小径木を用いた。その結果、道管が真正木繊維あるいはliving fiberと接するイタヤカエデ、ハリギリ、ヤチダモでは、それら繊維細胞に酸性フクシンは認められず、水分通導はもっぱら道管によっていた。これに対して、道管が周囲仮道管に囲まれたミズナラ、および道管が典型的な繊維状仮道管に囲まれているカツラとナナカマドでは、道管に近接するそれら繊維細胞に酸性フクシンが広く分布しており、キャビテーションにより水分通導機能を失った道管付近でさえもこれら繊維細胞が水分通導を活発におこなっているようであった。この結果から、繊維に類する木部細胞は、水分通導に寄与するタイプと水分通導にまったく寄与せず樹体の支持機能に特殊化したタイプに分けられることが明らかである。 第二に、水分通導に寄与する繊維細胞と寄与しない繊維細胞の構造的な特徴について、電子顕微鏡的に調べた。この観察により、典型的繊維状仮道管や周囲仮道管は、中型の壁孔(平均直径4〜5μm)をもち、道管との間に壁孔対をふつうに形成することが明らかであった。これに対して、真正木繊維は小型の壁孔(平均直径2μm前後)をもち、道管との問には壁孔をまったく形成しないか、あるいは盲壁孔を形成しているのが認められた。木部の繊維細胞が水分通導に寄与するかどうかは、このような構造的な違いを反映しているといえる。
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