前年度、広葉樹6種を使った研究から、(1)周囲仮道管や繊維状仮道管など特殊化の進んでいない繊維細胞は水分通導に寄与するのに対して、真正木繊維のような特殊化の進んだ繊維細胞は水分通導に寄与しないこと、(2)それら特殊化の進んでいない繊維細胞は道管と壁孔対を形成するのに対して、特殊化の進んだ繊維細胞は道管との間に壁孔をまったく形成しないか、あるいは盲壁孔を形成することが明らかになった。今年度は、第一に対象樹種を拡大し、細胞の特殊化に応じた上記2点の明確な違いがどれだけ普遍的なのかを検討した。その結果、これらの構造的、機能的な違いは、多くの樹種で共通し、例外はみとめられず、被子植物の一団内でかなり普遍性のある形態変異傾向によることが示唆された。この成果は、木材科学および植物学の国際誌に発表した。以上により、研究の当初の目的である繊維細胞の通水機能について一定の知見を得ることができたが、本研究の過程において、一部樹種の年輪内特定部位の道管が、形成後間もない時点で通水機能を失っているという、植物構造機能学的に興味深い現象が付随的に観察された。そこで、この現象についてさらに詳細な解析を実施したところ、それら一部樹種の特定部位の道管は、何らかのストレスが原因となって機能障害を起こすわけではなく、先天的に通水機能を欠いていることが示された。この結果は、道管は進化の過程で水分通導を効率よく行うために専業化を遂げた組織であるという植物学上の常識に反するものであり、今後の新たな研究テーマの発掘として位置づけられる成果である。この成果についても、樹木生理学および植物学の国誌に発表する予定である。
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