本研究では、第一に広葉樹の様々なタイプの木部繊維が実際に水分通導に寄与しているのか否かを明らかにすることを目的として、計10種の広葉樹を対象とし、酸性フクシンを使った独自の方法により通水部位を細胞レベルで精密に可視化した。その結果、特殊化が進んだ真正木繊維とliving fiberは水分通導にまったく寄与しないのに対して、特殊化が進んでいない繊維状仮道管と周囲仮道管は水分通導に寄与することが明らかになった。そこで第二に、通水への寄与の仕方が異なるタイプ間では何故そのような機能上の違いが生じるのかを検討するために、道管・木部繊維間の液体流動の経路である道管・木部繊維間壁孔に着目し、その存否や構造について電子顕微鏡的に詳しく調べた。その結果、通水に寄与する特殊化の進んでいない木部繊維は、道管要素との共通壁に壁孔対を形成するのに対して、通水に寄与しない特殊化の進んだ木部繊維は、道管との間に壁孔を形成しないか、道管側または木部繊維側のどちらか一方に盲壁孔を形成することが明らかになった。これらの結果から、木部繊維のタイプによる通水機能上の違いは、細胞壁の構造上の違いにより決定づけられていると結論した。以上により、研究当初の目的を達成したが、本研究の過程において、一部樹種の年輪内特定部位の道管が、形成後間もなく一斉に通水機能を失っているという、植物構造機能学的に興味深い現象が観察された。そこで、この現象についてさらに詳細な解析を実施したところ、それら一部樹種の特定部位の道管は、何らかのストレスが原因となって機能障害を起こしたわけではなく、先天的に通水機能を欠くことが示された。付随的に得られたこの結果も、道管は進化の過程で水分通導を効率よく行うために専業化を遂げた組織であるという植物学上の常識に反するものであり、今後の新たな研究テーマの発掘として位置づけられる成果である。
|