ヘアレスラット角層を用いて温度走査をしながら放射光X線回折実験を行ったところ、広角X線領域には2.4nm^<-1>(d=0.41nm)付近に非常に強い回折ピークがあり、また40℃付近でこのピーク強度が著しく減少し温度上昇により相転移する様子が認められた。2.4nm^<-1>(d=0.41nm)付近の回折ピークは、脂質の六方晶および斜方晶の格子面間隔の大きい構造由来と考えられており、2.7nm^<-1>付近(d=0.37nm)の回折強度の変化と合わせて考えると、ヘアレスラットの角層においても40℃付近で斜方晶が消失することが明らかである。各温度における回折プロファイルをローレンツ関数で近似して、積分強度、ピーク位置および半値幅を求め、さらに、角層脂質の大半が固体状態として存在すると考えられる10℃における積分強度をもとに回折強度の変化率を求めた。まずコントロールの角層では、相転移点である40℃を中心として、10℃から40℃および40℃から70℃にかけて二相性の上に凸の曲線が得られた。これに対してエタノールおよび1-メントールを8時間適用した角層では40℃から70℃にかけての強度はすべてでコントロールより減少した。また、2%1-メントールを適用した角層では、10℃から40℃においても他の試料と異なり、温度の上昇に伴う速やかな強度の減少が認められた。このことから2%1-メントールを適用した場合には、室温から体温領域での脂質の構造も1-メントール分子が脂質ラメラ構造内に入り込むことにより脆弱化して、温度上昇に対してより液状化しやすい状態であると推察される。この実験結果から室温付近はもとより広い温度領域において1-メントールの適用により六方晶が減少することが明らかになった。一方、相転移温度付近まで僅かに格子面間隔が増大する傾向を示し、また50℃付近からも同様に形成された高温型六方晶において温度上昇に伴ってその格子面の間隔が増大した。さらに、斜方晶の格子面間隔の小さい構造(d=0.37nm)に関しても2%1-メントールの適用で格子面間隔増大の傾向が認められたことから、脂質の構造全体が分布をもった脆弱な状態となっている可能性がある。
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