一般にリン脂質加水分解酵素の活性は、基質であるリン脂質が低濃度で分散しているときは弱いが、高濃度でミセルを形成するとその活性は急激に高くなる。以前我々は、SMaseによって加水分解されるスフィンゴミエリンのリン酸エステル結合の酸素原子を硫黄に置換した基質アナログ(thio-SM)を用いた、連続測定可能なSMaseの酵素活性測定法を確立した。そこで、アシル基の短いthio-SMを合成し、臨界ミセル濃度(cmc)前後の濃度範囲で、SMaseの酵素活性を測定した。その結果、cmcの1/5以上の濃度で酵素活性が急激に増大し、cmc付近では著しい変化は見られなかった。また、アシル基の短いリソレシチンを用いても同様の結果が得られた。そこで次に、SMaseによって加水分解されないPCの凝集について調べた結果、SMaseが存在する場合には、低濃度でPCが凝集した。さらに、SMaseとPCとの結合を表面プラズモン共鳴(SPR)を用いて測定した結果、PCの濃度によって3つの異なるセンサ-グラムが得られた。以上の結果から、SMase分子表面にはアロステリック部位(界面認識部位)が存在し、一定濃度以上の単分子分散状の基質が存在すると、その部位に基質が協同的に集合し、酵素の高次構造の変化を誘発することにより酵素活性を増大させることが示唆された。また、このアロステリック相互作用は、PCやある種の金属イオンの存在下では、より低い基質濃度で見られることが明らかになった。 他方、哺乳類由来中性Mg^<2+>依存性SMaseの大腸菌による大量発現系の構築を試みたが、発現量が少なかった。そこで、膜結合ドメインを欠損させた変異体の発現を試みた結果、多量に発現することが確認できた。今後は、発現タンパク質の精製を行い、酵素反応速度論に基づく実験や結晶化を行う予定である。
|