申請者らはすでにヒト乳癌由来MCF-7細胞を用いて、ケトン体利用酵素であるアセトアセチルCoA合成酵素(AACS)の発現が、内分泌攪乱化学物質であるビスフェノールにより抑えられることを明らかにしているので、本研究では脂肪組織を中心としたケトン体代謝調節に対する内分泌系の干渉という観点から、まず前駆脂肪細胞株であるST-13細胞培養系および脂肪細胞初代培養系を用いてビスフェノールの効果を調べたところ、本酵素の発現には顕著な変化は見られず、また分化誘導系における脂肪液滴の挙動に対する影響も見いだされなかった。しかし、これについては培養条件が結果を左右することが判明したので、現在さらに詳細な実験条件を検討中である。さらに、申請者らはすでにAACSが脂肪組織、脳、肝臓などの脂質代謝の盛んな組織において高発現すること、脂肪組織においては発現に顕著な性差が存在することを明らかにしているので、次に本酵素の性差の生理的機構を明らかにする目的で、去勢に伴う本酵素の遺伝子発現の変動を検討したところ、去勢ラットの皮下部脂肪組織は対照及び偽手術群に比べ減少し、このとき、皮下部脂肪組織におけるAACSの発現は顕著に減少した。一方、従来から知られているケトン体利用酵素であるCoA転移酵素の発現には有意な変化は見られなかった。また、脂肪酸合成の律速酵素であるアセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)-1、脂肪酸酸化の抑制と細胞内蓄積量の増大に関わるACC-2にも同様に顕著な発現変動は見られなかった。また、ST-13に対してtestosteroneを処置すると、AACS遺伝子発現が約2倍に増加した。以上の結果よりAACSは脂肪細胞においで性ホルモンによる直接、あるいは間接的な発現制御を受けることが明らかとなり、本酵素が脂肪組織における代謝上の性差に深く関わる因子である可能性が示唆された。
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