反応温度、塩素との接触時間、塩素と対象物質のモル比など、本研究で対象とする塩素置換体が最も効率的に生成する反応条件を確立した。この条件下で、水に溶解した状態のベンゾ[a]ピレンに遊離塩素を曝露して塩素置換体を作製した。N-ビニルピロリドンポリマー系の固相カートリッジによる固相抽出法で粗抽出物質として濃縮・回収した。この粗抽出標品を用いて以下の検討を行った。 マウス未分化幹細胞に対するベンゾ[a]ピレン塩素置換体の細胞致死作用の最大無毒性濃度は、0.2mg/Lであった。この濃度はベンゾ[a]ピレンと比べ、50倍以上の低濃度で細胞毒性を示す結果であった。心筋細胞分化系および神経細胞分化系においては、さらに低濃度で細胞毒性を示す傾向が認められた。 ベンゾ[a]ピレン塩素置換体は、ウム試験の代謝活性化無しの条件下で、最少量として0.01mg/L相当の抽出量において変異原性を示した。一方、ベンゾ[a]ピレンは、最少量として0.04mg/Lで代謝活性化を必要とする条件下で変異原性を示した。これらの結果から、ベンゾ[a]ピレン塩素置換体は、ベンゾ[a]ピレンに比べて細胞に対する毒性が強くなることが示唆された。 多環芳香族炭化水素類は一般的に水溶解度が低く、河川水などでは吸着態として存在しており、浄水工程では凝集沈殿の過程で効果的に除去されている。しかし、低濃度ながら存在している溶存態は、凝集沈殿では十分除去できない恐れもある。この多環芳香族炭化水素類の溶存態に、消毒のために塩素が注入された結果、本研究で示した塩素置換体が生成する可能性があることが示唆され、その生成物の健康に対する影響が大きいことが明らかとなった。 マウス幹細胞が心筋細胞および神経細胞に分化する過程において、心筋細胞もしくは神経細胞に分化する際の指標遺伝子GAIA-4やHNF-4の転写発現に有意な影響は認められなかった。
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