6種の多環芳香族炭化水素ごとに、目的とする塩素置換体が効率的に生成する至適時間を設定し、水溶液中で次亜塩素酸ナトリウムから生じた遊離塩素と反応させて、生成した反応物を固相抽出法により抽出・濃縮した。ガスクロマトグラフィー質量分析法において、ベンゾ[a]ピレン及びベンゾ[k]フルオランテンは一塩素置換体と二塩素置換体の二物質が生成し、その他4種の多環芳香族炭化水素は一塩素置換体のみが生成することを確認した。 ベンゾ[a]ピレンおよびベンゾ[k]フルオランテンは、水溶液中の遊離塩素との反応を厳密に制御できず、生成した一塩素置換体と二塩素置換体の混合物として抽出した。 これらの混合抽出物を用いて生理作用について検討した。全ての6種の多環芳香族炭化水素の塩素置換体抽出物は、マウス幹細胞に対して、それぞれの原体に比べ細胞毒性が増強していた。ウム試験により、原体は代謝活性化をすることにより変異原性を示したが、塩素置換体はより低濃度で代謝活性化を必要とせず変異原性を示した。ベンゾ[a]ピレンでは、二塩素置換体の比率の高い混合抽出物が一塩素置換体の比率の高い混合抽出物に比べ、細胞毒性と変異原性に対して強い作用を示す傾向が見られたが、厳密な評価はできなかった。また、マウス幹細胞が心筋細胞に分化する際、ベンゾ[a]ピレン塩素置換体が分化特異的であるGATA-4遺伝子の発現を増強する傾向が見られたが、有意な有害影響は観察されなかった。 以上の結果から、多環芳香族炭化水素の塩素置換体は塩素消毒等における水溶液中の遊離塩素との反応により生成し、その固相抽出物を用いた検討で生物への作用が示唆された。しかし、抽出混合物を用いた評価では厳密な影響評価ができないことから、DewhurstとKichenが報告している方法を応用して、高純度標品を化学合成する方法を作成し、ベンゾ[a]ピレン一塩素置換体を合成した。
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