Taxus brevifolia(イチイ科タイヘイヨウイチイ)の樹皮抽出液から単離されたパクリタキセルは、細胞内微小管を安定化することにより、細胞分裂を阻害する抗悪性腫瘍薬の一つであり、臨床で使用されている。しかし、副作用として末梢神経障害や白血球減少症が高頻度に発生し、特に末梢神経障害は、患者QOL(Quality of life)を著しく低下させることが問題となっている。以前にDoughertyらは、パクリタキセル投与患者に冷覚異常が生じることを報告している。一方、温度により活性化される受容体としてtransient receptor potential(TRP)受容体が知られており、その中でもTRPA1やTRPM8は冷刺激により活性化する。そこで今回、パクリタキセルによるTRP受容体発現への影響について解剖学的及び生化学的方法を用いて検討した。 SD系ラット(200-300g)にパクリタキセル(32mg/kg)を腹腔内投与し、末梢神経障害モデルラットを作製した。末梢神経障害の行動学的評価は、von Frey式dynamic plantar aesthesiometer(Ugo Basile)による機械刺激試験やhot plate試験及びアセトン試験にて行った。解剖学的評価は、脊髄後根神経節部位をオスミウムートルイジンブルー染色することにより行った。また、TRP受容体(TRPA1及びTRPM8)の蛋白質発現をウエスタンブロット法により解析した。 パクリタキセルによる末梢神経障害モデルラットでは、機械刺激試験やアセトン試験により痛覚過敏が認められた。一方、hot plate試験では有意な差は認められなかった。この結果より、パクリタキセルが機械刺激や冷刺激に影響を与えるが熱刺激には影響しないことが明らかとなった。また、脊髄後根神経節部位でのTRPM8の発現は変動しなかったが、TRPA1の発現は上昇しており、パクリタキセルによる末梢神経障害の冷覚異常にTRPA1が関与することが示唆された。
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