薬剤性肝障害の危険信号としての腸管由来因子の関与を明らかにするため、前年度に引き続き、トリニトロベンゼンスルホン酸(TNBS)の直腸投与によりラット大腸炎モデルを作製し、肝機能変化とその制御について検討した。TNBS投与ラットでは、大腸炎の発症に伴う肝障害の血清マーカー酵素(ALT、AST)の有意な上昇は認められなかったが、肝薬物代謝酵素CYP3A2の発現低下が見られ、P450の炎症性因子に対する感受性の高さが示された.肝CYP3A2の発現低下はポリミキシンB投与によるエンドトキシンの中和、ニメスリドによるCOX-2の阻害、クルクミンによるNF-kB阻害、塩化ガドリニウムによるマクロファージの抑制により防御された。このことから、腸管由来のエンドトキシン、プロスタグランジン、炎症性サイトカインが腸管由来の危険信号となりうることが示唆された。また、これらは肝非実質細胞を介して肝実質細胞に影響するものと考えられた。一方、ハプテン仮説-危険信号仮説の基盤となる、薬物の反応性代謝物生成とその意義に関して、肝障害惹起薬物であるジクロフェナックを用いて検討を行った。肝ミクロゾームを14C標識ジクロフェナックと酸化代謝条件下でインキュベートすることにより、ミクロゾームタンパクとの共有結合が観察された。得られた共有結合量は既知のジクロフェナック代謝能、特に5位水酸化の程度と相関した。マウス、ラット、サル、ヒト等での比較において、ラットが特に高い共有結合量を示したが、同時にラットでは反応性代謝物生成酵素そのものへの結合が多くを占めることが明らかとなった。実際ラットのジクロフェナック肝障害感受性は必ずしも高いわけでなく、結合の絶対量のみでは肝障害感受性は決定されないと考えられた。以上の検討より、薬剤性肝障害には薬物によって異なる特定のタンパクへの共有結合と、今回明らかにした腸管由来因子をはじめとする肝障害増幅因子によって、個体それぞれで重症度の異なる肝障害を引き起こすものと結論できる。
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