難聴はさまざまな原因で生ずるが、内耳由来難聴の約半数は遺伝性と言われている。 その遺伝性難聴の原因の1つであるDFNA17と呼ばれる難聴遺伝子領域にはMYH9という非筋ミオシン重鎖遺伝子が含まれていて、その詳細なDNA解析の結果、ミオシン重鎖の705番目のアルギニンがヒスチジンに変異していることが報告されている。この変異はATP分解のエネルギーが滑り運動の力学エネルギーに変換される重要なユニットの中の1つであるSH1ヘリックスと呼ばれる部分にある。本研究では、細胞性粘菌に遺伝子工学の手法を用いて、705番目のアルギニンをヒスチジンに置き換えたミオシン変異体(R705H)を発現させ、そのミオシン上のアクチンの滑り速度をIn Vitro Motility Assay法により、また発生する力をレーザー光ピンセット法により、運動機能解析を行った。 R705Hミオシン変異体のATP分解活性は野生型と比べ変わらなかったが、そのミオシン上でのアクチンの滑り速度は野生型の1/4であった。レーザー光ピンセット法で調べた、変異ミオシン1分子の力発生にともなう変位は約3nmと野生型と比べて変わらなかったが、熱揺らぎから見積もられるミオシンの弾性係数は野生型より小さかった。この弾性係数が小さくなることは、野生型と変異ミオシンの混合によるアクチン滑り速度は低下したが、これを理論的に解析した結果も、この弾性係数の低下を支持した。次にミオシンを40℃にインキュベートし、その熱安定性をATP分解活性の低下から調べたところ、変異体は野生型に比べ、顕著に熱安定性が低いことがわかった。さらに、GFPとBFP蛍光蛋白を遺伝子工学によりミオシンモータードメインの両端につなげ、ATPを添加した後のドメイン間の位置変化を蛍光エネルギー移動法で調べた。その結果、変異体の構造変化速度の活性化エネルギーが顕著に低くなることがわかった。
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