性的に成熟した雄ラットは、雄ラットと発情雌ラットの匂いを同時に提示すると、発情雌の匂いをさかんに探索し、発情雌ラットは逆のパターンを示す。これは、匂いの選好性における性差であり、性指向性を反映したものと考えられる。本プロジェクトの初期に報告したように、このラットの匂い選好性は、鋤鼻器よりもむしろ嗅上皮からの感覚入力に依存している。異性の匂い情報は、嗅球から扁桃体を介して視索前野へと伝えられる。雄ラットに雌の匂いを提示すると、主嗅球のみならず、鋤鼻器からの信号の一次感覚野である副嗅球、扁桃体内側核および皮質核、視索前野で神経活動マーカーであるFosタンパクの陽性細胞数が増加し、内側視索前野を破壊してしまうと嗅覚選好性は消失する。しかし、扁桃体内側核や皮質核の単独破壊では選好性は消失しないことから、嗅上皮から入力された発情雌臭の信号は、複数の経路を通って視索前野に伝えられていると考えられる。内側核と皮質核の両方を破壊したラットでは、匂いの探索が強く抑制されたが、依然、選好性が観察されたため、さらに嗅球から視索前野に直接投射があるのではないかと思われる。現在、さらに視索前野前方の神経線維を切断し、嗅覚選好性に影響があるかを検討中である。視索前野は、嗅覚選好性に極めて重要であるが、orexin-saporinを使って視索前野のオレキシン受容体陽性細胞を破壊した場合には、性行動は抑制されるものの嗅覚選好性は抑制されない。従って、視索前野の性行動を調節しているニューロンと、嗅覚選好性を調節しているニューロンは、別のものであることが分かった。
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