研究概要 |
本年度は,敗血症や創傷感染症の起因菌であるビブリオ・バルニフィカスを主たる研究対象として,「病原ビブリオの会話と集団行動」に関する研究を遂行した。ビブリオ・バルニフィカスは,菌密度依存的に細胞周囲へ蓄積する低分子型フェロモンをツールにして相互に会話し,集団の行動を適切に自己調節している。この遺伝子発現調節系(QS系)に支配されている本菌の集団行動を網羅的に把握するため,遺伝子破壊技術を適用して,フェロモン受容体の特異的欠損株(変異株)を作製した。そして変異株の分泌性蛋白質について,プロテオーム解析を行い,野生株のそれと比較した。その結果,10種類以上の分泌性蛋白質に関して,細胞外への分泌量に明確な違いが認められ,QS系がグローバルな調節系であることが明らかとなった。しかしながら,個々の蛋白質遺伝子の転写量には有意差が観察されなかった。このことから,ビブリオ・バルニフィカスのQS系では,遺伝子(DNA)からmRNAへと転写される段階ではなく(つまり,遺伝子の発現段階ではなく),mRNAから蛋白質へと翻訳される段階が,未同定の様式により調節されると考えられる。 一方,食中毒や下痢症の起因菌であるビブリオ・ミミカスに関しては,主要病原因子である溶血毒素について,不活性な前駆体として分泌されたのち,自身のプロテアーゼによって限定分解され,活性を有する成熟体へと変換されることが示された。この溶血毒素成熟化プロテアーゼに関しては,高純度標品を得るための精製操作を進めている。また本プロテアーゼが,QS系による産生調節を受けることも強く示唆された。 以上,本年度の研究によって,病原ビブリオのQS調節系の全体像がより明確となった。これらの新知見は,ビブリオ感染症の制御に向けた新規戦略の構築に寄与できるものと期待される。
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