研究概要 |
シスプラチン、カルボプラチンはプラチナ(Pt)を含む抗癌剤である。Ptの定量には誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)がもちいられているが、今迄に報告されている生体内での定量には多量の試料が必要であった。例えば1ng(10^<-9->g)の検出限界の場合、血漿1ml、肝臓300mgが必要であった。またICP-MS法ではHg, Osによるmonoatomic ibarsやWO, YbO, HfO, LuO, TaOによるpolyatomic isobarsが測定を妨害していた。我々は湿式灰化した組織中のPtとジエチルジチオカルバミン酸(DDC)との錯体を作成し、イソアミルアルコール(IAA)で抽出し、蓚酸で酸性とした後、エレクトロスプレーイオン(ESI)-MS法により、簡便に高感度に定量する方法を考案した。この測定において生体内の銀(Ag)濃度は低いので、Agを内部標準とした。 60代の患者が165mgシスプラチン/24hの濃度で3日間投与された。患者が難聴を訴えたことにより、過剰投与に気付き、種々の医療処置がなされたが、41日後に死去した。法医解剖がなされ、組織が採取された。pH3-7に調整した湿式灰化繊液10μl(組織5mg相当)に、Ag 5ng、1MDDC 1μl(10^<-6->l)を添加し、1分間放置する。IAAを10μl添加、混合、遠心し、IAA層を採取する。これに1M蓚酸を10μl添加、混合、遠心し、IAA層を採取し、1μlをESI-MS装置に導入し、測定した。1分以内にPt-DDC錯体とAg-DDC錯体は同時に検出されるので、試料は1分間隔で測定することができる。多数の検体が短期間で測定できることもこの方法の利点である。Ptは数本のピーク群として観察され、最大ピークは、m/z639、Agの最大ピークは、m/z405である。この患者の組織において、小脳が最低濃度、肝臓が最高濃度を示し、夫々、36mg, 1680mg/g湿重であった。長期経過後のヒトにおける組織内のPtの定量は今迄なされていなかったので、この結果は貴重なデータである。この結果について、2006年の日本法中毒学会ならびにJournal of Chromatography Bで発表した。 モリブデン(Mo)は第2長周期の遷移金属でヒト1g中に140ngしか含まれていない。Mo含有酵素にはアルデヒドや亜硫酸の酸化酵素、硝酸の還元酵素等があり、種々の毒物の解毒に寄与している。従来頻用されているICP-MS法では、Zr, Ru, Ar_2OH, ArKO, K_2O, Ca_2OH, BrOがMoと同一の質量を示し、測定を妨害するので、簡便で鋭敏なその他の方法の開発が望まれていた。我々は尿10μlに、内部標準のRuを5ng、1M DDC1μlを添加し、Mo-DDC錯体を作成し、Ptと類似の方法にて、Moを迅速に高感度で定量する方法を開発し、2006年の日本医用マススペクトル学会ならびにAnalytical Biochemistryで発表した。
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