金属を含む多種の薬毒物が治療に用いられたり、環境を汚染して健康被害を及ぼしたりしている。金属薬毒物は生体内で錯体となっているが、質量分析法(MS)を用いた錯体の高感度解析は以前にはなされていなかった。申請者は薬毒物を錯体化し、第三の因子を作用させ、励起し、イオン化を促進し、イオンスプレー(ESI)-MS法で高感度に検出する方法を開発し、多くの報告をしてきた。 1. 無機ヒ素の定量法の開発 無機ヒ素類は古くから知られている毒物で、亜ヒ酸(As^<3+>)の毒性はヒ酸(As^<5+>)の約10倍と報告されている。従来用いられているICP-MS法ではこの2種を区別できない上に、有機ヒ素化合物をも区別することができない。申請者はAs^<3+>のみが、ピロリジンジチオカルバミンと錯体を形成することに着目し、その錯体をESI-MS法で定量する方法を考案した。定量下限は1×10^<-12>gと非常に高感度である。尿中、汚水中での定量について2008年の法中毒学会と2009年のAnal Chim Actaで報告した。血漿中のAs^<3+>については除蛋白法、脱塩法を考案し、ESI-MS-MS法により更に感度よく迅速定量する方法を考案し、2009年のForensic Toxicolで報告した。以上の報告においてAs^<5+>は還元後に定量する方法が付記されており、また、種々の有機ヒ素化合物はこれらの定量を全く妨害しない。 2. 有機ヒ素化合物の定量法の開発 飲料水や抗癌剤として摂取された無機ヒ素は体内で代謝され、モノメチルアルソン酸(MMA)、ジメチルアルシン酸(DMA)となり、尿中に排泄される。MMA、DMAは無機ヒ素よりも毒性は低いが、両者の毒性ははかなり高い。一方、海産物中のアルセノベタイン、アルセノコリン等は殆んど無毒である。ICP-MS法ではこれらのヒ素化合物の区別ができないので、液体クロマトによる分別を定量の前に行うが、化合物の同定は流出に要した時間のみにより決定されるので信頼性が低い。申請者はMMA、DMAとクエン酸とを反応させてそれらの付加物を作成し、ESI-MS-MSで測定することにより感度の向上をはかった。二連の質量分析(MS-MS)を行うため、同定の信頼性は極めて高い。定量下限は5×10^<-12>gと極めて高感度であり、2008年の医用マススペクトル学会で報告した。
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