法医学の実際の現場でしばしば経験する原因不明の突然死症例の中に、QT延長症候群による致死性不整脈が関与する例のあることが知られている。本研究では、QT延長症候群の原因遺伝子変異の検索をおこなうとともに、その解剖所見の特徴について検討することが目的であった。実際の原因不明の突然死症例の中に報告例のないKCNQ1変異を発見した。この変異の同一人種における頻度は0.23%であり、稀な変異であることがわかった。この変異によって実際に心電図上でQT時間の延長を来すのかどうか等の点について検討するとともに、この変異が心臓以外の臓器の表現型に与える影響について検討することを目的として、この変異を導入した遺伝子改変動物を作成した。現在、ヘテロのモデル動物が作成済みであり、この変異をホモに持つモデル動物の作成進行中である。すでに商業用に開発されたKCNQ1変異動物を用いた検討では、このモデル動物がQT時間の延長を来たすとともに、胃粘膜の肥厚や副腎皮質機能異常を来すことがわかった。実際に突然死例で発見されたヒト型の遺伝子変異を導入した現在開発中の変異モデル動物において同様の表現型が観察されるかどうか検討する予定である。本研究は、法医学の剖検症例に少数ながら含まれているQT延長症候群の解剖学上の特徴を明らかとすることを最重要目的としている点から考えるとモデル動物における表現型検索は有用な手段と成ることを示したと言える。また、本研究は臨床現場ではもっぱら循環器疾患の対象として経過を観察されているQT延長症候群患者において、循環器だけでなく胃を主とする消化器臓器や副腎皮質機能異常をもとにもたらされる可能性がある免疫臓器にも機能異常がもたらされることが示唆される結果であり、臨床現場におけるQT延長症候群患者の診断治療に情報をもたらすと考えられる。
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