本研究では、高齢者における、ストレスに対する脆弱性を規定する生体内基盤要因とうつ病の発症機構の解明を目指す。生体内基盤要因として、特に脳内では、老化に伴うグルココルチコイド受容体(GR)の減少によるグルココルチコイド作用の低下を可能性の一つとして着目し、その様な状態にストレスが加わると、神経系に機能障害が易発し、うつ状態や認知機能障害が発生するとの仮説を立てた。本研究の目的はこの仮説を、動物を用いた基礎研究から検証し、高齢者うつ病の発症機構について示唆を得ることである。 本年度は、正常老齢動物(F344/NSlcラット)の状態を把握すべく、脳内各部位のGRの発現量やグルココルチコイドに対する反応性を生化学的に解析し、次に、脳機能として、うつ状態や認知機能障害、思考の柔軟性の程度を行動学的に解析した。 解析の結果、老齢ラットの前頭前野、海馬、および視床下部において、GRタンパク量の減少が観察された。また、各部位でGR陽性神経細胞数が減少していた。次に、合成グルココルチコイドであるdexamethasone(DEX)を用いた、血中corticosteroneレベルに対するネガティブフィードバック反応を解析した。脳内各部位にDEXを直接投与した結果、若齢ラットではフィードバック反応が観察されたが、老齢ラットでは観察されなかったことから、GRの減少によるグルココルチコイド作用の低下が各部位で起こっていると推察された。一方、行動学的解析の結果、老齢ラットでは抑うつ状態や認知機能障害、課題変化に対する適応力(柔軟性)の低下が観察された。 以上の結果は、加齢により脳内ではグルココルチコイド作用の低下が背景として存在することを示している。若齢ラットのグルココルチコイド作用を人為的に低下させると脳機能障害が発生するため、加齢脳でも観察されたこの作用の低下も脳機能低下に関連する可能性が考えられる。
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