ヘリコバクターピロリは、胃潰瘍・胃癌、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)、虚血性心疾患との関連が報告されている細菌である。我々は、ピロリ菌の毒素であるVacAが血小板上RPTPbetaを介して、持続的に血小板の活性化を惹起することがこれらの疾患の一因になっているのではないか、という仮説を立てた。我々はすでに、VacAにより血小板活性化のマーカーであるP-セレクチンの血小板表面上への発現が認められること、血小板には胃粘膜細胞でVacAの受容体といわれているRPTPbetaのtype Bが発現している、などのデータを得ている。今年度の目標は、VacAがRPTPbetaを介して血小板活性化を惹起していることを、RPTPbeta欠損マウスを使用して証明することであった。 血小板でもRPTPbetaがVacAの受容体になっていることを証明するために、まず洗浄血小板にVacAを添加して一定時間インキュベートして可溶化し、抗VacA抗体を用いてVacA-受容体複合体を免疫沈降した。免疫沈降物を電気泳動して抗RPTPbeta抗体でウエスタンブロットを行ったが、RPTPbetaに相当するバンドは認められなかった。また、RPTPbetaの生理的リガンドといわれているプレイオトロフィンで血小板を刺激すると、P-セレクチンの発現などの血小板活性化が認められたが、その後このデータが再現できなくなった。RPTPbetaの下流でアダプター蛋白Git1のチロシンリン酸化が増強するといわれているが、VacAやプレイオトロフィン刺激でこの現象は認められず、VacAが血小板上RPTPbetaを介して血小板の活性化を惹起しているという仮説の証明は困難となった。さらに、RPTPbeta欠損マウスの使用が不可能となってしまった。 そのため、血小板上のVacA受容体はRPTPbetaとは別に存在するという仮説をたて、先の免疫沈降物でコントロールには結合しないがVacA処理サンプルにのみ結合してくる蛋白をMS/MS解析したところ、血小板顆粒内に存在するVWF様のある巨大分子が結合することがわかった。この蛋白は血小板から放出されたあと血小板上のインテグリンに結合することがわかっている。よって、我々はその巨大分子にVacAが結合すると、巨大分子と血小板上受容体の結合が強固になり、なんらかの血小板活性化シグナルが惹起されるのではないかという仮説を立て、現在検討中である。また、Git1はVacAやプレイオトロフィン刺激ではリン酸化の増強が認められなかったが、インテグリンからのoutside-in signalでリン酸化されることがわかった。Git1の血小板での発現自体今まで報告されておらず、この分子の血小板における動態についても検討している。
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