移植手術の麻酔管理では、移植臓器血流の維持が課題となる。移植臓器血管は神経支配が失われているため、使用する薬物の直接作用を理解しておくことが重要となる。そこで本研究では麻酔薬等の周術期薬物が移植対象臓器血管に及ぼす直接作用を検討してきた。平成21年度は、前年度に引き続いて、肝、腎、腸間膜動脈に対する揮発性麻酔薬の直接作用を検討し、報告した。一部の研究は機序解明を目的として糖尿病動物で行った。具体的には、摘出ラット肝・腎・腸間膜動脈より作製した内皮正常標本において、基礎血管緊張度とノルエピネフリン(NE)収縮反応に及ぼすイソフルランやセボフルランの効果を、等尺性張力測定法を用いて検討した。その代謝上の問題から肝腎移植手術では用いられないセボフルランに関しては腸間膜動脈でのみ検討を行った。肝・腎動脈において、臨床濃度のイソフルランは、基礎血管緊張度に影響を与えなかったが、NE収縮反応を濃度依存性に抑制した。腸間膜動脈でも、基礎血管緊張度に影響を与えなかったが、NE収縮反応を濃度依存性に増強した。しかし、糖尿病ラットの腸間膜動脈ではNE収縮反応を増強しなかった。糖尿病で抑制される種々の血管緊張度調節機構の阻害薬で処理した摘出健康ラット腸間膜動脈でもNE収縮反応を増強した。臨床濃度のセボフルランもイソフルランと同様に振る舞った。以上より、肝・腎動脈でNE収縮反応抑制作用を有するイソフルランの肝・腎移植手術における使用は、肝・腎血流維持の観点から有利である可能性が示唆された。一方、腸間膜動脈でNE収縮反応増強作用を有するイソフルランやセボフルランの小腸移植手術における使用は、小腸血流維持の観点から不利となる可能性が示唆された。イソフルランやセボフルランのNE収縮反応増強作用の正確な機序は不明であるが、糖尿病で障害される血管緊張度調節機構が関与する可能性が示唆された。 (791字)
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