本研究の目的は、(1)肺血管のリモデリングに共通する核内転写因子の発現を遺伝子レベルで制御する、(2)それによって、内膜の増殖や血管の炎症を抑え、肺血管リモデリングの進展を抑制する、(3)その結果、肺血管リモデリングの臨床像のひとつである肺高血圧を治療する、ということである。この仮説が正しいことを検証することで、肺高血圧における炎症仮説という新たなパラダイムを構築できる。 本研究代表者は、モノクロタリン誘発性肺高血圧幼若ラットモデルにおいて、肺高血圧の程度と肺血管の炎症像(新生内膜肥厚)とよく相関したことを確認した。つまり、炎症が強いほど、言い換えれば、新生内膜肥厚が顕著なほど、肺動脈圧は高くなった。この動物実験モデルにおいて、肺血管における重要な核内転写因子であるEgr-1のデコイを投与すると、新生内膜肥厚の形成が抑制され、その結果、肺高血圧の程度は減弱した。これらのことから、肺高血圧の炎症が肺高血圧の進展に必須のプロセスであり、この炎症のトリガーとなる核内転写因子を阻害することで、肺血管の炎症が抑えられ、肺血管リモデリングが抑えられれば、肺高血圧の進展が阻害された。この研究は、血管の炎症を抑える薬剤が肺高血圧の治療法のひとつになる可能性を示唆している。 そこで、Egr-1とは異なる核内転写因子で、血管リモデリングにおいて重要な働きをすると考えられているKLF5を標的にして、KLF5を抑制するといわれるAm80という薬剤が、肺高血圧の治療として有用かどうかを検討した。しかしながら、Am80そのものが、ラットにおいてはかなり毒性の強い薬剤であり、調べた用量の範囲では、モノクロタリンの作用とあいまって、Am80wを投与したラットのほうが、かなり状態が悪いなることが観察され、残念ながら、in vitroで得られているような治療効果は得ることができなかった。
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