舌、口唇、下顎などの状態を知覚し、それらを巧緻的に制御するためには、口腔内からの体性感覚情報が大脳体性感覚野で適切に統合される必要があるが、その情報処理機構については未解明の部分が多い。この1年間、研究代表者は、アカゲザル1頭を用い、口腔再現領域で、慢性実験を行ってきた。通常の微小金属電極を用い単一神経細胞からの記録を目指す実験手法であるが、時には近接する複数の神経細胞の活動が安定して記録されることがある(複数細胞同時記録)。例えば、歯根膜の再現領域では、歯の圧刺激に際して、近接する2つの細胞のうち1つは舌唇方向、もう1つは唇舌方向の刺激に選択的に反応した。一般に、大脳皮質の横方向(tangential)数百ミクロンの微小領域に含まれる細胞集団は、機能的に関連のある情報を表現する機能単位とみなされている(コラム仮説)。しかし、口腔再現領域の機能単位が表現する情報内容については報告がない。前述の記録例では、機能単位内の限局した神経回路網で歯に加えられた正反対の刺激方向の組み合わせを表現していることになる。同様の傾向は舌の再現領域でもみとめられ、サルの自発的な舌の突出、後退に際して、2つの細胞が交代性に活動する例がみられた。また、口唇再現領域では、持続的な機械刺激に対して、複数の細胞が、刺激中の異なる相で活動する例もみられた。このような体性感覚野の微小領域における機能構成は、自然刺激に際して継時的に末梢部位から到達する種々の感覚情報を結びつけて表現する上で極めて都合のよいものであると考えられた。
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