癌転移の有無は、臨床上癌患者の予後に直結する因子の一つである。癌転移メカニズムの分子生物学的解析は、新規予後の判定方法の確立、新規治療法選択基準の設定、新規転移抑制剤の開発等、臨床上非常に有用である。今回、口腔扁平上皮癌患者より手術時に切除した臨床検体を用いて網羅的タンパク質発現解析を行い、多数の口腔癌転移関連遺伝子産物候補をリストアップした。そのうちの一つ、Spleen tyrosine kinase(Syk)は乳癌および膵臓癌において高頻度に発現低下が認められ、腫瘍の浸潤・転移に関与する癌抑制遺伝子との報告のある候補遺伝子であった。近年、口腔扁平上皮癌の浸潤・転移に関与する遺伝子群についていくつかの報告が行われているが、Syk発現状況に関する報告は未だない。そこで口腔扁平上皮癌におけるSykの発現状況をさらに解析した。正常口腔粘膜由来表皮角化細胞2種、ヒトロ腔扁平上皮癌由来細胞株7種を使用した。mRNAの発現状況は定量的Real-timePCR法により解析した。タンパク質の発現状況は免疫蛍光染色法により解析した。さらに、舌扁平上皮癌切除標本30症例を用いて免疫組織化学染色法による抗体を用いた検証実験を行った。定量的Real-timePCR法により口腔扁平上皮癌由来細胞株7株中5株においてSyk mRNAの発現低下が認められた。免疫蛍光染色法によりタンパク質レベルにおいても口腔扁平上皮癌由来細胞株7株中5株にSykの発現低下が認められた。臨床検体を用いた免疫組織化学染色法においても30症例中19症例(63%)でSykの発現低下が認められた。臨床指標との比較ではリンパ節転移の有無において統計学的有意差が認められた。これらの結果は、Sykの発現低下が口腔扁平上皮癌で高頻度な事象である事、またその発現の低下と口腔扁平上皮癌の転移能との関連が示唆された。現在、遺伝子導入法を用いた遺伝子機能解析を行っており、Syk遺伝子発現と細胞の運動能や浸潤能との関係を検証している。本研究の概要の一部は第51回日本口腔外科学会総会、第25回日本口腔腫瘍学会にて発表した。
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