家族性若年発症糖尿病の原因であるHNF-1β異常症には、糖尿病以外にも多様な症状があることが報告されてきたが、その発症メカニズムは不明である。本研究では、HNF-1β異常によっておこる糖尿病やその他の多様な症状の発症メカニズムを、分子生物学的に解析することを目的とした。まず、これまでのHNF-1β異常症報告例と自験例の症状を詳細に検討し、HNF-1β異常に関連すると考えられる症状を選定した。今回は、多くの症例で認められた糖尿病、一部の症例に認められた胎内発育不全と胆汁うっ滞の発症メカニズムについて解析することとした。これら3つの症状に関連する下流候補遺伝子より選別し、プロモーターにHNF-1 siteをもつ、インスリン、insulin-like growth factor-I(IGF-I)、multidrug resistance protein 2(MRP2)を選択した。ヒト生体内での作用に近い系でみるため、これらのヒト遺伝子のプロモーターを含むレポータープラスミドを作成し、実際にHNF-1βの転写活性を検討した。その結果、HNF-1βの転写活性が不明であったヒトIGF-IとMRP2において、HNF-1βの転写活性があることが判明した。生体内で、HNF-1βはHNF-1αとヘテロダイマーをとり標的遺伝子の転写を調節する因子であることから、さらにHNF-1α存在下でのHNF-1βの作用を検討した。その結果、ヒトインスリンプロモーターでは、HNF-1βとHNF-1α単独より、両者の協調作用によって転写活性が顕著に増大することが判明した。つぎに、HNF-1βの変異体の作用を解析した。変異体としては、先の3つの症状が認められたH153N変異体と、既報の2種類の変異体を用いて解析した。その結果、ヒトインスリンプロモーターでは、いずれのHNF-1β変異体も、HNF-1αとの協調作用が全く認められないことが判明した。その結果、すべての症例で糖尿病を発症しているのではないかと考えられた。ヒトIGF-IとMRP2プロモーターでは、H153N変異体に、変異特異的なHNF-1α転写抑制作用が認められた。このような変異体特有の標的遺伝子転写制御の異常により、子宮内発育不全と胆汁うっ滞が発症したと考えられた。
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