本研究は、ネパールの貧困層が「社会正義」(samajik nyay)どのような意味を持つものであるととらえ、それをどのように要求しようとしているかを探求し記述することを目的とする。本研究の前提となっているのは、過去10年ほどのあいだに、ネパールの貧困層に属する様々な集団が、彼ら自身の置かれた状況と、その変化の必要性について語るときに「社会正義」や「正義」(nyay)という言葉を頻繁に使用するようになってきたという事実である。本研究では、これらの集団が、いつ、どのような状況のなかで、なんのために、どのような意味を持つものとして「社会正義」という言葉を使うのかを、文化人類学的な手法を用いて分析し記述する。本研究においては、ネパール貧困層に属する集団のうち、特にカマイヤとよばれる債務農業労働者の集団と、バディと呼ばれる最下層カースト(ダリット)の集団に注目している。平成18年度には:(1)1950年代以降のネパールの開発・民主化言説史に関する文書資料の収集、分析;(2)文書資料とインタビューを通しての西ネパールのローカルヒストリーと各集団の組織化・活動経歴の再構築;および(3)現地での当該集団の日常的活動への参与観察を通した「社会正義」の言語使用の記録・分析を行った。この過程で特に1990年代後半の「人民戦争」の影響による、ローカルレベルでの政治・人権言説の変化が顕著であることがはっきりしていた。今後は(1)ローカルな集団に特有の「社会正義」言説形態の歴史(2)最近のネパール国内政治の変化にともなう政治言説の変容(3)人権や安全保障に関するグローバルな言説のネパールにおける使用、という3つのレベルの相互作用をさらに探求していく。
|