本研究は、ネパールの貧困層が「社会正義」(samajik nyay)をどのような意味をもつものであるととらえ、それをどのように要求しようとしているかを探求し記述することを目的とする。本研究の前提となっているのは、過去10年ほどのあいだに、ネパールの貧困層に属する様々な集団が、彼ら自身の置かれた状況と、その変化の必要性について語るときに「社会正義」や「正義」(nyay)という言葉を頻繁にしようするようになってきたという事実である。本研究は、これらの集団が、いつ、どのような状況のなかで、なんのために、どのような意味を持つものとして「社会正義」という言葉をつかうのかを、文化人類学的な手法を用いて分析記述することを目的とした。本研究においては、ネパール最貧困層に属する集団のうち、特にカマイヤとよばれる債務農業労働者の集団と、バディと呼ばれる最下層カースト(ダリット)の集団に注目した。研究初年度には特に文献資料とインタビューを通して国レベルとローカルレベルでの歴史の再構成を行ったが、平成19年度においては、特に、1990年以降のネパール政治の激変(民主化、毛沢東主義派による「人民戦争」、国王による全権掌握、再民主化運動の勝利、講和協約、制憲議会選挙)の中での、カマイヤ集団とバディ集団による言説と戦術の変化を詳細に調査、記録した。これらの集団の戦術の変遷を細かに見ることによって、貧困層の社会文化政治をめぐるローカル、ナショナル、グローバルなダイナミクスの絡み合いをより鮮明に実証的にとらえることが可能になった。
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