研究概要 |
医療技術革新は皮肉にも、発症前診断や安楽死・尊厳死など、かつて人が直面したことのない倫理的諸問題を次々に生んでいる。本研究においては、終末期における医療福祉的ケアの課題を取り上げた。その動機の一つは、2006年に報道された射水市民病院における終末期患者からの人工呼吸器取り外し事例が司法的処遇をみたことで、終末期への介入における法的な規範の曖昧さが顕わにされたことによる。まず、法規則との関連で倫理的課題を再構築することを試みた。倫理的な解決が容易でない時に、あるいは制度的限界に瀕した際に、診療やケア継続の難しさへ直面して法や規則の細緻化という形で帰結を望むべきなのか、という論点である。市中機関の現場で、法的規制を他の診療領域とは異なって、大きく行為規範として受け入れてきた精神科領域の法と倫理観を参照し、いわゆる"法的パターナリズム"つまり法規則による直載的な処理システムの持つ問題点を明確化した。すなわち、法的規範の乏しさと倫理的判断の困難さに直面し、法や規則の整備による解決を望む対処モデルでは、結果として直裁な処遇がもたらす官僚主義的諸問題を避けられない(精神医学,49:870)。時間的余裕の乏しい中で、誤りのない選択を迫られ続ける医療職者の視座においても、公権に基づく法に対峙し、動機の純粋性を追求して個人の自律に委ねる倫理の存在意義は曲げられない(精神科治療学,22:1199)。 以上を踏まえ、終末期ケアに対する法規則上の望ましい支援のあり方について、介護保険制度を参照しながら2006年の介護報酬・指定基準等改定で新設された看取り介護加算を取り上げ、検証した。加えて、質の高いケアを可能とせしめるには、施設運営者の視点に立っても課題の少なくない状況を指摘し、終末期ケアの行く末が経営者や現場職員の努力やモラルに依拠してしまう問題を明確化した(武庫川女子大学紀要[人文・社会科学編],55:61)。すなわち、現況では利用者・家族や従業員の意向を汲み、彼らの希望を叶えようとする良心的な施設こそが、経営上破綻するリスクをより多く抱えることになる。これを改善し、管理者にも従業員・利用者にも歓迎される職場態勢の整備が、そのまま運営に際してのインセンティブとなる制度構築を図る必要がある(人間学研究,23:15)。 最後に、今後の改善へ向けた助言プログラムとして、短期的には看護職員の負担軽減、長期的には質の高いケアを提供する事業者への介護報酬の傾斜配分、あるいは介護保険サービスを最低担保と捉えた自費による別途ケア受給の方向性を提起し(医療情報,22/3:14)、また利用者・家族に対しては、不必要な延命という意識にのみ拘泥せず、医療措置打ち切りの可能性をも念頭に置いた終末期に関する早い時点からの自己決定の促進が、看取りの場における混乱を減らすであろうことを付記した(神経内科,68:314)。
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