本課題は、損傷した脳に発達脳に見られる高い可塑性を誘導し、損傷脳の機能再生の促進を目指す研究の第1毅階であり、脳損傷後の機能回復と、経験依存的な脳機能の発達に関わる神経活動や機能分子を比較することで、損傷脳と発達脳の可塑性がメカニズムを共有するかどうかを明らかにする。この2種類の経験依存的可塑性がそのメカニズムを共有する可能性はきわめて高く、発達脳での高い可塑性を損傷脳で再現することができれば、回復過程を大きく促進できると考えられる。そこでまず、大脳皮質視覚野に局所的な損傷を作成し、その後周辺皮質に起こる神経回路の再編成が、視覚刺激や電気刺激などで神経活動を誘発することで影響を受けるかどうかを明らかにすることとした。今年度は次のように損傷モデルを確立した。 成熟ラットの大脳皮質一次視覚野にイボテン酸を微量注入することで、局所的な皮質損傷を形成した。神経細胞の損傷程度はNissl染色とMAP2免疫染色により評価した。注入量をコントロールすることで、約1mmのの皮質領域を安定して損傷することができた。この時、Nissl染色による細胞脱落の範囲より広範囲でMAP2染色性の低下が観察された。このことは、細胞脱落にいたらずともある程度のダメージを受けている細胞が損傷部位周辺に相当数存在することを示す。さらに、より現実的な損傷モデルとして、皮質の圧迫損傷のモデルを開発しつつある。これは皮質に直接定量的なインパクトを与えることで、再現性の高い損傷を形成するものである。 最近我々は、視神経の部分損傷による視機能の低下が、損傷直後に網膜に電気刺激を与えることで防止できることを見出した(Miyake et al.2007)。この電気刺激の効果は、損傷により細胞死に至る過程にある細胞への保護作用と考えられることから、皮質損傷にも応用できる可能性が高い。今後は、化学損傷モデルで皮質に直接電気刺激を与え、MAP2染色性が低下した細胞のように、ダメージを受けているが脱落していない細胞への保護効果を検証する予定である。
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