文化財の保存・保全は、文化財を構成する材料、材料の諸反応による劣化の機構などを解明することが重要である。材料の諸反応は原子レベルで生ずるため、その解明にはナノスケールの観察・解析が必要となる。これまで、文化財の分野では、このようなナノレベルの研究はまったく行われておらず、本研究者がその必要性について提唱してきた。また、ナノメーターレベルの観察をするためには、文化財の一部を破壊することが必要であるが、これを最小限度に押さえる、具体的には肉眼で認識できる以下の破壊で済ませることが本研究の目的である。昨年度までの研究で、フォーカスドイオンビーム(FIB)法がもっとも優れていることを明らかにし、本年度も、この方法を主に破壊領域をさらに低減できるように検討した。これは、装置との関係もあるため、装置製造会社の協力を得て研究を進めた。 FIB法において、使用するGaイオンビーム束は非常に小さいが、切り取る薄片の強度、薄片の採取に高融点金属を蒸着する必要があるが、従来は広範囲に蒸着していたものを、レーザーを用いて必要部分だけ照射し、塩化物等の化学蒸着を局部的にすることで、試料周辺の汚れを肉眼以下に低減できる。 文化財のナノ構造観察には透過電子顕微鏡、高分解能走査型顕微鏡を使用した。非常に難しい木綿繊維(唐桟布)の内部に存在する鉱物染料のナノ化合物の解明と木綿繊維構造の解明、古くから使われている絵画の鉛丹粒子の黒化の原因であるナノ硫化鉛の同定、金属鏡中の精錬不純物である硫化銅の内部ナノ構造の観察などの実績を上げた。
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