DNAの二重鎖切断は修復されずに放置されると細胞に致死効果を与えると考えられているが、最近のいくつかのデータがこれに対する疑問を提示しているので、マウスの脳のDNAを調べることによりこの疑問に答えようと考えた。2ケ月令のマウスの脳細胞を分離しSFGE (static-field gel electrophoresis)法にかけると約5%は小さなDNAとしてみられるが、残りすべては大きなDNAであることが示された。これは培養細胞のDNAと同じであり別の方法でDNA切断のみられる肝臓とは大きく異なっていた。フェノールでDNAを抽出した時はその粘度から推測すると脳のDNAはかなりの切断を受けていると判定されたが、この理由はフェノールに由来することが推測される。さらに20Gyの放射線を当てた後のDNA切断と修復をSFGE法で調べると脳では脾臓や肝臓と同じように効率よい修復が観察された。さらに二重鎖切断の修復のうちの非相同末端結合に関わるKu70欠損マウスで調べると、3つの臓器で修復が大幅に抑制され20Gy被曝後3.5日を経ても50〜70%の切断が再結合されずに残っていた。このことは切断端に現れるとされるリン酸化ヒストンH2Xの存在(ウェスタン法、免役組織化学法の利用法で確認)からも示された。この時点での臓器は脾臓は大きく萎縮しており、多くの細胞死が起こったことを示しているが、脳や肝臓では顕著な変化はみられていない。従ってDNA二重鎖の切断の存在と細胞死は少なくとも分裂頻度の少なくなった脳や肝臓の細胞では密接な関係はないことが示唆される。なお、Ku70欠損マウスでも30〜50%の切断は修復されるが突然変異はほとんど増加しないので相同組換え修復が働いていることが推測される。
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