本年度はまず日本古代の紀伝道の特質が顕著であると考えられる史書の記述形式に関わる注釈事項に着目して、調査考察を行った。具体的には『日本三代実録』序文の歴史記述の範囲と方法とを述べる箇所の「臨時之事、履行成_レ常。聊標_二凡例_一、以示_レ有之矣」とある「凡例」に注目した。ここでいう「凡例」とは、たとえば『日本三代実録』の本文に「是日。始修_二仏名懺悔之事_一。凡毎_レ年十二月十九日延_二名僧三四人於内殿_一、始修_二仏名懺悔_一。限_二三日_一訖。他皆效_レ此」とある記事で、この12月19日に宮中で行われる仏名懺悔のような「臨時の事」ではあるが「履行常と成る」状態の行事のばあいに、「毎_レ年十二月十九日延_二名僧三四人於内殿_一、始修_二仏名懺悔_一。限_二三日_一訖。」とある具体的な行事内容の記述の前に「凡」字を置いて、次回以降の記述においては「凡」以下の具体的な行事内容の記述を省筆する体例をいう。本年はこの「凡例」のなかでも陰陽寮の天文密奏に関わる記述を扱った。『日本三代実録』に見られる天文密奏に関わる記事を逐一抽出する作業を行った。なぜ天文密奏に注目したかというと、元来この記事は『令』の規定によるもので、陰陽寮の案文による記載なのである。密奏には天文の変事の記述とともに「占言」が記載されていたのであるが、規定ではこの「占言」は秘されて史書の記述には現れない。結果的に史書には観測された〔事実」のみが記載されるのであるが、その「事実」には『令』の規定によって秘された「意味」が存するのである。この「事実」によって隠微された「意味」を語る「春秋の筆法」がこの天文密奏の記述から解明できると考えたからである。秘された「意味」の解明にあたって、現在は『日本三代実録』の記述の逐条に対照される中国史書の用例検索を続行中である。
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