1 昨年度は、18年度に引き続き、文学、演劇、思想セクションごとに、<身体的痛み>の表象についての研究を行った。定期的に会合を開き、それぞれのセクションの研究成果について意見交換を行った。さらに、11月に本プロジェクトの顧問としてMary Bryden氏(Cardiff University)を招聘し、青山学院大学で行われた会合に参加していただき、本プロジェクトについての指導助言、専門的知識の提供を受けた。 2 セクションごとに見ると、田尻はべケット作品における身体的欠損の表象の問題につながる動物と人間の関係についての研究を進めた。J.M.クッツェーが2006年東京で行なったべケットについての講演は、最近の彼の動物の生についての関心を反映して、実験材料にされる動物の悲哀を大きく取り上げ、それをベケットの文学世界と重ね合わせている。この講演を手がかりに、現代の思想でも問題になっている動物と人間の関係について考察を深めた。堀はべケットと別役実の劇作品における身体的痛みの表象について比較検証した。その成果として、MLA年次大会のべケット・セクション(テーマは「記憶と証言」)では、アドルノやアガンベン、フェルマンの論述をふまえ、ホロコーストと原爆を体験した人びとの「痛み」の問題を考察し、また雑誌『水声通信』では「待つ」ことの意味の変容を通して今日ベケットと別役の作品において「痛み」が舞台の身体性とどう関わっているかを考えてみた。対馬は、<身体的痛み>の共有可能性について考える上で基礎となるアーレントの構想力概念についての昨年度の考察に引き続き、彼女のメタファー概念についての考察を行った(『政治思想研究』に掲載予定)。さらにベケットにおける痛みの本質を、アガンベン、リオタール、ブランショ等における<インファンス>(言語活動をもたない状態)の概念を通して解明する試みを始めた。
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