本研究は、18世紀後半から19世紀後半の約1世紀という、大英帝国の様々な植民地活動が進みつつあった時期に、ヨーロッパの遥か彼方に位置し文明に汚されていない無垢の楽園として紹介された地域が、ヨーロッパ的メンタリティの中でどのように表象されていったかを検証する。 19世紀半ばから頻出する廃墟のロンドンを訪れる南半球からの来訪者というイメージは、従来のユートピア思想の中では捉えきれないものである。本年度は、18世紀末から19世紀前半にかけて、イギリス、フランスの南半球進出の経緯とそのことがどのような形でテクスト化されたかを一次資料を中心に研究した。特に、まだ殆ど知られていない、Fragmetns du dernier voyage de La Perouseを詳細に読解した。急進的なユートピア思想と政治、文学との関わり合いは、この著作では、史実が漂流の中に消えてしまった所から想像力を駆使して始まる。南海の「野蛮」と思われていた部族が高度な文明と礼節を持っていることが、「高貴な野蛮人」の思想ではなく、太古の時代にヨーロッパ人がもたらした文明の遺産として解釈し直される時、第二のユートピアの建設へと繋がるユートピア思想の転換が見えてくる。この断章と、18世紀後半から繰り返し文学作品に現れるイギリスで廃墟と化した未来のロンドンを訪れる異邦人のイメージとの関連を考察することによって、イギリスの南半球への植民地主義的進出のコンテクストを新たな視点から見ることが可能になる。アメリカ独立後、ユートピア思想が、政治と結びついて南半球に目を向け始めると、それと連動して、イギリスの廃墟を訪れる異邦人がアメリカ大陸のインディアンからニュージーランドのマオリへと変化していくことも指摘した。
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