『クラリッサ』における抑圧と拒食というテーマは、迫害される処女を描いた多くの小説を媒介として、『嵐が丘』へと受け継がれた。「白百合」と称えられるクラリッサを迫害した「悪魔」ラブレスは「黒い悪魔」ヒースクリフとして登場してくるが、そのヒースクリフですらこの作品では拒食死する結果を迎えている。 女主人公キャサリンは、野生児の自分とは対極にある、「文化」を体現するエドガーに性の目覚めの頃から魅了され、彼と結婚する。彼女がエドガーとの文化的な生活に適応するためには、「自分自身よりもっと自分らしい」野生児ヒースクリフを象徴的な意味において抹殺する必要があった。彼女は、自らの内なるヒースクリフ、この生命力に満ちた永遠の野生児を抹殺しようとして、三日間の拒食を試みるが、その結果として精神分裂に至り、最後には「大人」であることの象徴たる出産に耐えきれず死亡する。 ここにおいて拒食は、野生児キャサリンの女性としての成熟拒否を示すものとして現れてくる。登場人物の一人ロックウッドの目にしたキャサリンの幽霊が子供の姿であるのはこのためである。同時にこの幽霊の姿は、キャサリンの魂が本来の姿を取り戻したこと、すなわち拒食によって「文化」と出会う前の野生児キャサリンに戻ったことを示している。 ヒースクリフもまた自ら進んでの餓死を選択する。分身であるキャサリンが幽霊となって荒野を彷徨っているのに、彼女を取り戻すことができないからである。拒食死の後キャサリンの魂が子供の幽霊として現世に戻ってきたように、ヒースクリフも魂のままで再び現世に戻ってくることを望んで食を断つのである。棺桶の中の彼女の屍体が朽ちないようにヒースクリフが気を使っていたのは、彼女の魂の宿る場所としての身体が失われるのを恐れていたことを示している。土壌のおかげで二人の屍体が朽ち果てることなく保たれたため、人々は魂の蘇りがあったものと解釈した。荒れ野で暮らす人々の目に二人の亡霊が幾度となく留まることはその証拠であると受け取られたのである。 このように『嵐が丘』は拒食による魂の蘇りを描いた物語と考えることができる。
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