研究概要 |
歴史的コーパスの先駆けであるヘルシンキコーパスが一般公開されてから今日までの15年間にコーパス言語学の方法にも変化が起こり、近年の史的コーパス言語学では、二つの点において顕著な特徴が見られる。一つは大量のデータを扱うことにより、これまで以上に通時的変化を追いやすくなってきたことであり、もう一つは、特定の時代のデータに焦点を当てることで、これまで一まとまりとして捉えていた言語の性質をさらに詳細に分析することが可能になってきたことである。本研究は、このうち後者を、実際の文献の分析を通して例証していくことを目的として、調査・分析を行ってきた。 研究計画の初年度にあたる平成18年度においては、中英語後期の主要文献であり著者(書簡の差出人)の詳細がわかっている『パストン家書簡集』の分析を中心に研究を進めた。特に、否定構文とも関連している非断定形(any, everなど)の分析を行い、その調査結果を業績表に挙げたTextual and Contextual Studies in Medieval English : Towards the Reunion of Linguistics and Philologyの1章として発表した。分析は、社会言語学的方法論に基づくものである。パストン家の書簡を、差出人の性別や社会的地位を基準に分割し、社会的要因による言語の違いが観察できるかどうかを分析した。調査の結果、『パストン家書簡集』の女性の差出人は、男性の差出人に比べて言語的に古い傾向を示していることがわかってきた。書簡集には、生年の異なる複数の差出人の書簡が含まれているが、時代の違いよりも性別の違いの方が際立っているようである。現段階の調査は、言語の一側面に限られているので、平成19年度以降は、非断定形とは異なる言語的特徴についても調査を拡げていきたいと考えている。
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