本年度の研究の主目的は、旧ハプスブルク帝国内の諸地方レベルで組織されていた法曹関係諸団体の設立や活動状況を整理することにあった。ソ連・東欧史研究会における報告と討論(2007年5月26日、福岡)、刊行物の入手、国内における資料収集(大阪大学図書館、京都大学法学部図書館)、オーストリアにおける短期研究滞在(ウィーン大学法学部法制史研究所および国立図書館における資料収集)を経て得られた知見および問題意識は、以下の通り。 1.ドイツでは、19世紀前半から法律家協会の成立が各地でみられるが、これを範として、オーストリアの各地における法律家協会は、1860年代以降に組織され、法学や立法作業への意見交換の場として機能している。オーストリア=ハンガリー二重体制となった1867年以降にみられるハンガリー側の同種の諸団体は、オーストリア側と一線を画しつつも、ドイツ法律家会議を範としていることに特徴がみられる。 2.法学教育や法曹養成制度の整備は啓蒙期に遡る。ハンガリーにおける事例を紹介した、カタリン・ゲンツィ「啓蒙期および三月革命前期における王立法科学院の法曹養成」(2006)では、ドイツ法学の影響が強調されている。 3.ハンガリーまで含めて、旧ハプスブルク帝国各地で組織された要な法専門職諸団体としては、法律家会議、裁判官協会、弁護士会、公証人組合、官僚組合といった職能別団体が認められ、法専門雑誌も刊行されている。この他、知の源泉として図書施設や刊行物を管理した法・政治読書協会の役割が、存続期間の長さと蔵書・構成員の質から注目される。 4.以上のような諸事実をふまえ、視点の転換も必要とされる。例えば、ハンガリーまで含めた諸地域の法曹界を、一方的にドイツ法学界の受容者とみる以外に、各々の地域で法実務・法学の構築に向けた主体的な動きという側面を認めることも可能ではないか。
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