研究概要 |
一般に困難であると考えられてきた,運動情報の言語情報への変換についての研究である。結びは,人間の動作の中でも言語化が困難な動作的表象であるとされている(Bruner,1966)。本年度の研究においては,人は,結び動作の困難な言語化をどのようにして行うか,具体的には,"蝶結び"という動作的表象を言語的表象にどう変換するのかを分析した。言語能力も空間能力も,性差のうちで最も明確な差がみられることが知られている(Kimura 1999)ので,とくに性差がどのようなかたちであらわれるかを検討した。281人の大学生男女が,"蝶結び"をことばだけで,それを知らない他者に伝えるつもりで,ことばだけで記述した。記述された言語的説明には,量(字数換算)には有意な性差はなかった。説明に用いられた下位動作のステップ数は,わずかに女性の方が多かった。しかし、女性は、自分の身体に関連づけて動作を記述する(左右(右手、左手、右側)・上下(上から、下へ)・手前向こう(手前に、向こう側へ)・手指名(親指、人差し指)の4要素を記述に含める)傾向が男性より強かった。それらの4つの要素を記述に含めた対象者の割合は、4要素とも、女性の割合が男性よりも有意に高かった。それに対して男性は、必ずしも自己の身体系を参照しない対象化、抽象化による記述をする傾向(クロス、二重になった部分、中間部、折り返し部分など)があった。この性差は,女性の方が,自分の身体を参照系とすることで,認知的自由度(cognitive degrees of freedom),すなわち行為を開始するために認知的にその値を決定しなければならない次元の合計数,をできるだけ少なくするような言語記述を用いる傾向があることを示していると考えられた。ここで提案された"認知的自由度"という概念は,男性と女性の空間認知に関する従来の研究結果をも明解に説明する概念であると考えられる。
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