本年度は、第一に、ピアノの個人レッスン時の教師のことばによる説明について分析するために、ピアノの個人レッスンの中で教師が具体的にどのような教授行動をとっているかについて研究を行なった。25人のピアノ教師による49人の幼稚園児、小学生、中学生を対象とした個人レッスンが録音された。レッスンでの教師の介入は、「言語的な介入(発言)」と「非言語的な介入」に大別され、さらに、それぞれがいくつかの下位のカテゴリーに分けられた。さらに、これらの教授方略が、生徒の年齢など、生徒側の要因によってどう異なってくるかを分析した。結果からは、生徒の年齢が低いほど教師の「強化」回数が多い傾向がみとめられた。また、有意ではないが、「比喩の使用」は低年齢で多かった。演奏上の「問題の原因」の指摘は小学生以降の段階でみられ、「問題の治療法」の言及も生徒の年齢とともに増加した。ピアノ教師が用いた演奏の運動表現は、次の5つのカテゴリーに分類できるものであった:(1)運動時の骨格筋や関節の状態(例:ひじの力を抜いて)、(2)運動プログラムのパラメータ設定(例:強く、はやく)、(3)運動の筋肉運動感覚的フィードバック(例:鍵盤の底を感じて)、(4)運動の空間的表象(例:雲が流れるように、右へ)、(5)運動によるピアノの出力印象(例:やわらかい音で)。これら運動表現の使用は、教師の言語的なスキルにも依存すると考えられる。今後は、こうした言語表現のコーパスを作成し、ピアノ教師が共通に利用できるようにはかることが考えられた。さらに、本年度は研究の問題を拡張して、運動の説明だけでなく、発達障害児(自閉症児)についての「説明」という困難な問題についても検討を及ぼした。
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