広い放飼場で飼育されているアカゲザルの母ザルの中に、出産直後から子ザルを引きずる、押さえつける、踏みつけるなどの行動を繰り返し行い、子ザルが傷を負うこと、場合によっては死亡する場合もあることがすでに報告されている。本研究では、母ザルによる子ザルに対するこのような不適切な行動を「幼児虐待」と定義し、幼児虐待が野生ニホンザル集団で暮らす母ザルの中でも見られるのかどうかを検討した。対象となった集団は、勝山ニホンザル集団(岡山県)と淡路島ニホンザル集団(兵庫県)の2集団であった。 勝山集団では、出産直後から母ザルの行動を、子ザルの生後15週を終えるまでを、継続的に追跡観察を行った。個体追跡観察とアドリブ法の併用で、28頭の母ザルの行動を観察したが、「幼児虐待」を繰り返し行う母ザルは確認できなかった。子ザルを地面の上に両手で押し付ける、子ザルの上に尻を軽く乗せるなどの行動を母ザルが示すのを観察したが、数頭であり、同じ個体が同様の行動を繰り返しするのを確認することはできなかった。 淡路島集団では、先天性四肢障害を負った子ザルが生まれてくるが、このような障害を負った子ザルへの養育行動も含めて、上述の幼児虐待の定義に該当する行動を示す母ザルを確認することはできなかった。さらに、展示動物として飼養されている動物園の放飼場で暮らすニホンザルについても、情報収集したが、そのような行動を確認できなかった。 これまでに公表された論文報告では、幼児虐待を行っているのは、ニホンザルに近縁のアカゲザルである。したがって、幼児虐待の様態についても種差が影響する可能性がある。しかし、単年度だけの行動観察では結論を出すのは早計であり、次年度以降の資料の蓄積が待たれる。
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