研究概要 |
本研究の目的は,視対象を観察するときの姿勢や視線方向が,その対象の知覚や認知過程に与える影響を定量的に明らかにすることであった. 昨年度は,身体の横方向の傾きが図形と文字の知覚に及す影響について検討した.高齢者と若齢者を被験者として,姿勢を正立,斜め座位,側臥位と変化させながら,線分と文字の主観的な正立方向を測定した.線分課題では,線分を5°刻みで傾きを変化させ,左右どちらに傾いているかを判断させた.文字課題では,刺激として「6」を用い,傾きを5°刻みで変化させ,より「6」に見えるか,より「9」に見えるかを判断させた.どちらの課題も,重力軸を基準に判断する条件と身体軸を基準に判断する条件の2条件があった.実験の結果,線分の傾き判断については,若齢者は重力軸を基準としても,身体軸を基準としても正確に左右の傾きを判断できたが,高齢者は身体軸を基準とするときに左右の傾きの判断が不正確になる傾向が見られた.また文字については,年齢や判断基準にかかわらず,姿勢変化が判断に影響を与えた.被験者が横向きに寝た姿勢で,重力軸を基準に傾きを判断する場合には対象の主観的な正立方向は身体方向に傾き,身体軸を基準とする場合には主観的正立方向は重力軸方向に傾いた.特に高齢者が身体軸を基準に判断するときに,若齢者との判断の差が大きくなった.実験の結果からは横になった姿勢でテレビなどを視聴する際には,意図した向きで対象の知覚が起こっていない可能性があることが明らかになった.より見やすく正確な視対象の知覚を実現するためには,姿勢の変化と傾き知覚の関係およびその加齢変化についてさらに検討する必要があると考えられる. 家庭におけるテレビの設置環境についての調査も行い,若齢者は画面が大きくなるほど離れた位置に設置する傾向があるが,高齢者は画面サイズにかかわらず,ほぼ一定の距離に設置する傾向があることが明らかになった.この傾向は老視の影響を受けているものと考えられるが,視対象の呈示においては,対象のサイズだけではなく,距離も考慮する必要があることが示唆される.
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