研究概要 |
生体の2原子分子(酸素,一酸化炭素,一酸化窒素など)結合型ヘムは酵素としての活動を行なうに際して2原子分子を取り込み、活性化してその機能を発現する.しかしこの様な種をそのまま観測し、実験を行なうことは非常に難しい.そこでプローブと呼ばれる類似の電子構造を持つイソシアニドを結合させその電子配置に関する検討を行なった.鉄(III)ポルフィリン低スピン錯体の電子配置には(d_<xy>)^2(d_<xz>,d_<yz>)^3,d_x型と(d_<xz>,d_<yz>)^4(d_<xy>)^1,d_<xy>型と呼ばれる2種類が存在する.イソシアニド結合型モデル錯体では全ての錯体がd_<xy>型になってしまうため,生体ヘムタンパク質の電子配置に関しての知見を十分に得られない.そこで分子設計から行ない,戦略的にd_x型イソシアニド錯体の創製を目指した.ジアザポルフィリンを平面配位子として用い,軸配位子にt-ブチルイソシアニドを用いたところ,NMR, EPRにおいて通常得られるd_<xy>型とは全く異なるデータが得られた.これらのデータから環周辺の原子におけるスピン密度を求めたところ,合成した錯体はイソシアニド錯体としては全く前例のないd_π型であることが判明した.この錯体を生体ヘムタンパク質のデータと比較を行なったところ,シトクロームP450のイソシアニド錯体の電子配置がd_π型であることがわかった.d_π型とd_<xy>型のスピン密度から鉄3d軌道とポルフィリンpπ軌道の相互作用に関して考察を行ない,d_π型とd_<xy>型では電子伝達を行なう道筋が大きく異なることが明らかになった.すなわち,d_π型錯体はポルフィリンからポルフィリンの別の分子軌道に電子が渡されているのに対して,d_<xy>型ではポルフィリンのπ軌道から鉄を介して軸配位子に電子が与えられていることがわかった.つまり,ポルフィリンは生体内での電子伝達の方向を変化させるスイッチとして働くことが判明した.
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