研究課題
ヘムタンパク質の活性中心に存在するポルフィリン鉄錯体は生体の多様な機能発現に関与している。通常、鉄(III)錯体は高スピン(S=5/2)中間スピン(S=3/2)低スピン(S=1/2)の3つのスピン状態をとることが可能である。この機能発現の過程の中でヘムタンパク質は中心金属の鉄(III)と周辺の配位子の相乗効果により(a)スピン状態のスイッチング(b)電子配置のスイッチングを行なっている。この生体の中に存在するいわばナノサイズの分子スイッチの作動のメカニズムにはヘムの非平面化が関わっていることが我々の研究により明らかになってきた。その理由はこれらの錯体に共通する金属周辺の密な配位環境と構造歪みの誘起する分子軌道の対称性の変化に起因する。そこで、実験的電子密度解析を行うことにより相互作用の定性的、定量的解釈を行いたいと考えた。SPring-8、及びKEK(PF-AR)の放射光を用いて電子密度分布解析を行なったところ、非平面化している5配位ポルフィリン鉄(III)クロリド錯体では外殻電子レベルで見ると、鉄周辺の配位子場は正方形ではないことがわかった。鉄の面外変位と非平面化の影響で、鉄を含む平面上の電子密度は窒素のπ電子同士が接近する方向と逆に離れる方向が存在する。その結果として長方形型の配位子場を与えていることがわかった。また、ポルフィリン異性体を用いて、鉄周辺のcavityの大きさと形状を変化させるとそれに伴って、非平面化ポルフィリンのように金属と配位子の間の電子レベルの結合様式は通常のポルフィリンとは大きく異なっていることが明らかになった。また、3価の鉄の高スピン錯体は各d軌道を1つの電子が均等に占有し、全体では5個の電子が存在するはずであるが、実際にはそれぞれの占有率は大きく異なっており、配位子と金属の間の電子の供与、逆供与をより直接的かつ定量的に観測することができた。
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