ミトコンドリア呼吸鎖酵素NADH-ユビキノン酸化還元酵素(複合体-I)は、呼吸鎖酵素の中で最も研究の進展が遅れている酵素である。そこで、さまざまな新しい実験手法を駆使して複合体-Iの構造および機能解明を進めなくてはならないが、この課題に対して有機合成化学的アプローチは非常に重要かつ現実的である。本研究では、これまでに申請者のグループで得られた独自の知見に基づき、光異性化によって阻害活性を可逆的にON-OFFすることができる複合体-I阻害剤を合成開発し、この光応答性分子プローブを活用することにより本酵素の活性を自在に光制御することを目的とした。 Δlac-アセトゲニンは我々が独自に開発したミトコンドリア複合体-Iの新規な阻害剤である。光異性化(シスートランス)で大きく形状変化するアゾベンゼンを光スイッチとしてΔlac-アセトゲニンの側鎖部に導入し、VU-Vis照射で阻害活性を可逆的にon-offさせ、複合体-I活性を光で制御することに始めて成功した。現在のところ、活性の変動幅は40〜70%の間での変化であり、100%のon-off変化は達成できていない。これを達成するためには、ミトコンドリア膜内で100%のシスートランス異性化が起こらなければならない。いづれにしても、複合体-I活性を光で制御することはこれまで試みられたことが無く、本研究で開発した光制御系をFT-IRなどの分光学的手法と連携することによって、複合体-Iの動態を観察する新しい実験方法論を確立することが今後の課題である。
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