シオミズツボワムシBrachionus plicatilis(以下、ワムシと略記)の個体群は、増殖の過程で時折急激に減少する。個体数の減少はワムシの繁殖、寿命およびストレス耐性の変化と密接に関連すると考えられるが、その機構は未だ不明である。そこで本研究では、産仔数の減少、寿命の延長およびストレス耐性の増大をもたらすカロリー制限(CR)がワムシ個体群に及ぼす影響を分子レベルで明らかにすることを目的とした。昨年度までに、CRでmRNA蓄積量が増大する32種の新規遺伝子を同定するとともに、別途クローニングした解糖系酵素、ストレスタンパク質および抗酸化酵素遺伝子のmRNA蓄積量がCRで増大することを個体レベルで明らかにしている。 本年度はまず、CRがワムシの低酸素、熱および酸化ストレス耐性を増大させることを個体レベルで示した。次に個体群レベルの解析を行い、各個体がCR状態にある定常期個体群は指数増殖期個体群よりも熱ストレス耐性が高いことを明らかにした。さらに、解糖系酵素、熱処理後のストレスタンパク質および抗酸化酵素のmRNA蓄積量が指数増殖期よりも定常期で高いことを示した。しかし、ケモスタット中では個体密度とこれら遺伝子のmRNA蓄積量に相関はみられなかった。一連の結果から、常に餌が供給されているケモスタット中では各個体がCR状態にならないことが示唆され、これがケモスタットで個体数の急激な減少が起こる一因であると考えられた。したがって、嫌気代謝の活性化および低酸素耐性に関連する解糖系酵素、各種ストレス耐性に関連するストレスタンパク質と抗酸化酵素がワムシ個体数変動を制御する分子である可能性が示された。なお、CRでmRNA蓄積量が増大する遺伝子としてLis1やDnahc3など細胞分裂を抑制するタンパク質をコードするものも得られており、これらもワムシ個体数変動に関連すると考えられた。
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