成熟したメスにおいて、卵胞の成熟に伴いエストロジェン分泌が上昇すると、そのポジティブフィードバックにより視床下部からの性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)、下垂体からの黄体形成ホルモン(LH)の大量分泌(LHサージ)が誘起され、排卵に至る。一方オスでは、メスとは異なり、外因性に高濃度のエストロジェンを投与しても、LHサージが引き起こされることはない。このようなポジティブフィードバックの有無の性差は、成熟後における性ステロイド環境に影響されないことから、胎児期から新生時期にかけて、性ステロイドにより脳が不可逆にプログラミングされることによって形成されると考えられるが、この機序については未だ不明である。 申請者らはラットを用い、脳内ペプチドであるメタスチンとその受容体GPR54が、メスにおけるエストロジェンによるLHサージ誘起を仲介することを明らかにした。さらに、成熟後の雌ラットでは、メタスチンニューロンの細胞体が前腹側室周囲核(AVPV)に多数存在すること、およびAVPVにおけるメタスチンニューロンの発現はエストロジェンにより促進されることを明らかにした。一方オスではこの部位にペプチド免疫陽性が、エストロジェンの有無にかかわらず、殆ど存在しないことを明らかにした。さらに、胎児期から新生時期にかけて分泌される精巣由来のアンドロジェンが、エストロジェンに芳香化されて不可逆的作用し、メタスチンニューロンが発現する部位に性差をもたらすことを明らかにした。このように、雌雄の遺伝的バックグラウンドの違いによらず、この時期の性ステロイド環境によって、不可逆な脳のプログラミングが引き起こされることを強く示唆した。
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