吸血昆虫の唾液中に含まれるヘムタンパク質ニトロフォリンが、pHに応じて血管拡張因子NOや炎症物質ヒスタミンを放出・結合する分子機構を解明するために本研究を行った。本研究課題を通して、近年注目を集めているガス分子NOの生理的役割に対する理解を深めるとともに、NOやヒスタミンといった生理的にきわめて興味深い分子をニトロフォリンが捕捉する分子機作を解明することで、これらの生体内濃度を制御できる医薬品の設計に関する重要な手がかりを得ることを目的とした。 まず、酸性残基を中心としたニトロフォリンの変異体を作成し、ヒスタミンやNO結合性のpH挙動を調べることにより、これらの結合に関わるアミノ酸残基を特定した。ニトロフォリンに含まれるヘムの上方には4つの酸性残基(Asp30、Glu32、Asp34、Asp35)が密集しており、これら酸性残基がpH依存性に関与すると考えられる。紫外可視分光計を用い、ニトロフォリンの多重変異体をヒスタミンにて滴定した結果、いずれの変異体もpH依存性を示したが、変異体E32QのみpH挙動が異なった。この結果は、ヒスタミン結合のpH依存性にはヒスタミン自身のpKaが関与するとともに、Glu32のプロトン化が関わることを示している。同様にニトロフォリン変異体をNOにて滴定した結果、変異体D30NではpH依存性が消失した。この結果は、Asp30がpH依存性を決定づける残基であることを示している。共鳴ラマン法を用いて配位したNOに由来するFe-NO伸縮振動を観測したところ、pHによりその波数に変化はなかったことから、ヘムからはなれたこれらの残基がpH依存性の原因であることが示唆された。
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