損傷脳の機能回復には、脳に内在する又は外から移植する神経幹細胞の分裂・生存能力の向上が重要である.この分裂・生存能力向上のために、成熟神経細胞や神経膠細胞の炎症反応や細胞死を制御する役割を持つことが報告されているp38MAPキナーゼ(p38MAPK)に着目し解析した.昨年度までに、胎生初期マウス脳、特にネスチン抗原陽性神経幹細胞にp38MAPKが高発現していることを明らかにし、さらに、p38MAPKの化学合成阻害剤(SB203580)を培養胎生初期脳細胞に投与して培養を続けた場合、神経幹細胞が自己複製して形成するニューロスフェアの形成能が向上することを明らかにしている.本年度は、SB203580投与で観察されるニューロスフェア形成能の上昇が、マウス神経幹細胞の細胞死を抑制することでもたらされた結果では無く、直接神経幹細胞の増殖活性を誘導する結果であることを明らかにした.一方、SB203580は高濃度ではp38MAPK以外の基質を非特異的に阻害することも報告されていることから、化学合成阻害剤以外でp38MAPK活性を特異的に阻害する物質として、p38MAPKの活性部位を欠失させた蛋白質を用いて増殖活性の誘導を検討した.活性欠失蛋白質を細胞内へ導入するためには、細胞膜透過性を有するHIVウィルスのTATペプチドとの融合蛋白質による直接導入法を用いた.結果、この活性欠失蛋白質を大量に投与するとp38MAPKの標的下流蛋白質(ATF-2)のリン酸化活性を抑制することが確認できた.さらに、精製した融合蛋白質を培養胎生初期脳細胞に投与して培養を続けたところ、SB203580と同様に神経幹細胞数の著明な上昇が観察された.現在、神経幹細胞のp38MAPKを介する増殖制御機構の詳細な解析を続けている.
|