前年度までは、マラルメ、ローデンバック、ギャスケ、ヴァレリー、ジッドなどについて調査をしてきたが、本年度はこの成果を「自伝」研究へと接続していくことをめざした。近代において誰もが自己イメージを必要とするようになったということは、誰もが自伝(本格的なものとは限らず、たとえばブログのようなものも含む)を書くことを必要とする時代が近代だということを意味するのではないか。ルジュンヌの『自伝契約』は自伝を作家と読者との間の「契約」として社会化する視点を提示するものであったが、これをさらにメディア論的に展開することを試みた。自伝とはメディア的に言えば、いったいいかなる事態を包含する事象だったのか、これが本年度の研究の基本的なモチーフだったが、具体的には、書簡における自己の語りとその交流をジッド、ルイス、ヴァレリーの往復書簡集の読解(その成果は翻訳の試みとして発表されている)を通じて考察するとともに、ナルシシズムとメディアの問題を「生表象representation de la vie」の空間として捉えなおす視点を明確にすることができたと考えている。この生表象の空間とは、ひとびとが自分の生の痕跡を書き付ける空間であり、具体的には出版のみならず、ブログや日記などとして現れる。またこの空間はそれぞれの語圏、文化圏に応じて中心をもち、さまざまなレベルに階層化されている。世界全体でみれば生表象の空間は多中心的かつ多層的である。そしてこのような空間に、近代人はみずからの生の痕跡を記録しようとした-その意味で、そこには「痕跡衝動」とでも言うべきものが確認される。以上は、広義の自伝、オートフィクション、ライフ・ヒストリーなどの問題でもあり、この点については今後も研究を重ねていきたい。
|